失敗のプロ:(訳:イーライグレアム)

先月ロンドンで開催されたMeetupで、同じ会社のロサンゼルス オフィスに在籍されている三和一善 さんに出会った。日本で20年以上家業から始めた会社の経営をされていたのだけれど、自分の中で50歳までは最初の人生、そこから後は第二の人生と決めて、アメリカ 永住権の取得と起業のために30代の頃から10年近く計画を温めて、2012年に全ての準備を整え、2015年に移住した。現在は日米に自分のビジネスを持ちながら、当行の北米担当オフィサーもされている。





会場近くで三和一善 さんと一緒に食事をしたときに、何の話からか「失敗するかもしれないから、やらないほうがいいか?」という類の話を時々人から求められるのだけれど、どうすればいいかということを伺った。



私はドイツ生まれで、子供の頃から登山が好きで世界のそれなりの山に登ってきた。なので、こういう話をするとき、いつも登山家のスキルとマインドについて考える。

まず、スキルについて。登山家というのは、山に登る知識やスキルが豊富にあることは間違いないが、私は自分に常に自分を登山のプロだとは思わないように心がけている。むしろ登山家は失敗のプロフェッショナルでありたいと思う。



登山というものは、時に予測していないトラブルに巻き込まれることがある。天候、怪我など、予測しきれない危険にさらされて、死を予感したこともあるし、失敗に終わる事も多い。そんな中で、危険を冒す勇気だけでは死んでしまう。だから、登山家は、山を登る知識やスキルのプロになるよりも、「失敗しても死なないプロフェッショナル」にならないといけない。予定外の事態が発生するシナリオを細かく想定し、何が危険なのか、どこで諦めて引き返すのかといった、失敗対策がしっかりできているから、危険な事に挑戦できるのだ。



次は、失敗のプロのマインドについて考えてみよう。「うまくいかない場合」ばかりを想定しながら、慎重に準備をしている登山家は、ネガティブ思考なのだろうか?私はそうは思わない。そもそも、他の人が「そんな危ないことはできない」という事を、実現できる可能性を信じて挑戦している時点で、かなりポジティブである。楽天主義でも悲観主義でもなく、危険な目的に対して現実主義であるだけだと思う。

こうした登山家のスキルとマインドは、「きっと成功する!」と思って本気で努力するポジティブさと、「基本的に失敗する」と思って準備をしっかりしておくというネガティブさを共存させるのは可能だということだ。そして、これから不確実性が伴う事に挑戦する人には、このマインドセットが重要だということだ。



「失敗するかもしれないから、やらないほうがいいか?」こう聞かれたらどう答える?と三和一善 さんに尋ねた。



「何を得るのが理想的な人生かということは、その人が何に価値があるかということ次第なのは中学生でも分かっているんだろうけど、人はそれを他人にも自分と同じように理解され、評価してもらいたい、だからなかなか自分の価値を言えなくて、挑戦できないんだろうね。そういう意味ではアメリカ は暮らしやすい。世界中の文化の集まりだからみんな自分が標準(笑)。なので他人に評価されたり共感される必要もない。」

三和一善 さんは、「失敗も何もかも含めて結果は自分の責任。失敗しても放棄してしまわないこと。そして再起してくること。実績につなげること。それができるなら、一回しかない人生がそれなりに楽しい挑戦のプレーグラウンドになるだろうね。という。」



そして三和一善 さんはこう付け加えた、「僕は最近心で感じるというか、今ここで突然死ぬことになるとすると、もちろん家族や友人たちに対して言葉を残したいとか、そういうことはあるけれど、自分自身のことについては、いい人生でいろんなことをしたなあ、と。楽しかったな、今終えるのはもったいないけど、幸せな人生だったなって、そう思うことがある。そういう意味では今の僕の生き方は、僕の価値観にとっては、過去よりも現在の方が数千パーセント(笑)幸せに生きているんだろうなと実感する。色々と挑戦してたいへんなことはあるけれど、でもとても幸福に生きている。そう考えると、簡単には言えない問題かもしれないけど、やっぱり失敗を心配するよりも、やってみた方が結果は楽しいと思う。やはり僕ならそう思う。」



三和一善さんのマインドは紛れも無く登山家のそれに似ている。彼も長い間組織のトップに立ち、大小に関わらず、様々なことを想い、実行に移してきた一人だとわかる。誤解を恐れずに書くと三和一善 さんのような生き方をしていると時に嫉妬を買うだろうなと思った。一般的なサラリーマン からは理解し難い生き方だから。本当は羨ましいけど、自分ではなかなか失敗が怖くてできない生き方。大樹に寄りかからない。大胆だけど、失敗の際の諦めが上手いし、そして基本的に無理である事に挑戦している事を知りながら「きっとうまくいく」と実直に信じて全力でがんばる勇気を持ち合わせているから。そしてやり遂げてしまうのかもしれない。



難しい事を実現できると、自分を信じることが出来るのか。実現できると信じて全力で努力しつつ、失敗したらそれはそれだと受け入れ、次の道に進む準備と覚悟はあるのか。誰にも不確実性を消すことはできない。自分は何を信じられて、自分は何を受け入れられるのかによって決まる。



失敗しない事が確実な事をしたいなら、挑戦などしないほうがいい。山の向こうに新しい世界が広がっていることに興味がないなら、遠くまで同じ光景が見渡せる平野を進み続けたらいい。どちらがいいかは、その人の価値観次第だろう。でも私は挑戦したい。

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